平成20年5月21日水曜日

[天声人語] (2008年05月20日(火曜日)付)

[原文]

物理学者といえばいかめしいが、ノーベル賞を受けた朝永振一郎は身近な自然を楽しむ人だった。庭にえさ台を作って野鳥を寄せ、ふんの中から色々な種子を拾い集めたと随筆に書いている▼

それを春先に鉢にまく。すると入梅のころから様々な芽が出てくる。双葉のうちは何の芽だか分からないが、そのうち見当がついてくる。ヒマラヤにしかない植物が生えてきたら面白いのに、と周囲から言われたそうだ▼

意外な花が咲けば面白いが、あまり妙なのは困りものだ。茨城県下妻市で、ヒナゲシなどのつもりでまいた種から、法律で栽培が禁じられているケシが咲いた。恒例のフラワーフェスティバルの花畑のうち、1ヘクタールが「悪の花園」だと警察が気づき、先週あわてて刈る騒ぎになった▼

アツミゲシという花で、麻薬の成分を含む。数十万本もあって1日では焼却しきれず、寝ずの番をしたそうだ。北アフリカの原産という。鳥が運んだはずもないが、紛れ込んだ経緯ははっきりしない。百花競う季節のミステリーである▼

咎(とが)あるゆえか、ケシはどこかはかなげだ。マリー・ローランサンの絵を思わせる、と詩人の三好達治は言った。しかし、秘めた毒針は容赦がない。実からとれるアヘンなどは、陶酔感と引きかえに人を廃人にする▼

朝永博士が鳥のふんから集めた種子は、育ってみると、近所にありふれた植物ばかりだったという。法律上ありふれた花ではないはずのアツミゲシが、なぜ盛大に咲いたのか。狐(きつね)につままれたような不思議を残したままでは、来年が気にかかる

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【表現】

いかめし・い【▽厳めしい】 (明鏡国語辞典) 近寄りがたいほどに威厳や威圧に満ちている。「─表情」「見るからに─門構えの家」
~のうち 時間を表す表現。「双葉のうち」とは「芽が出て葉がまだ二つしかつかない時期」。

寝ずの番 (学研新世紀ビジュアル百科辞典) ねずのばん【寝ずの番】一晩じゅう寝ないで番をすること。不寝番。寝ず番。all‐night watch

フラワーフェスティバル (フラワー【flower】花。フェスティバル【festival】 祝祭。祭典。)

狐(きつね)につままれたよう《慣》 (三省堂 必携故事ことわざ・慣用句辞典)
((「つままれる」は化かされる意))どうしてそうなったのか全く事情が分からず、ただぼんやりしている様子。「どうして彼が怒り出したのか、狐につままれたようで、さっぱり分からない」

気に掛かる (広辞苑 第六版) ある物事が心から離れず、心配である。夏目漱石、それから「一度気にかゝり出すと、何処迄も気にかゝる男である」。「残してきた子供が―」

 

【知識】

朝永振一郎 (広辞苑 第六版) ともなが‐しんいちろう【朝永振一郎】理論物理学者。東京生れ。三十郎の長男。京大卒。東京教育大教授。場の量子論において超多時間理論の基礎の上にくりこみ理論を完成。湯川秀樹と共にパグウォッシュ会議などを通じて科学者の平和運動に参加。ノーベル賞・文化勲章。(1906~1979)

マリー・ローランサン
マリー・ローランサン(Marie Laurencin, 1883年10月31日 - 1956年6月8日)は、20世紀前半に活動したフランスの女性画家・彫刻家である。代表作
*『招待』(1908年)(ボルチモア美術館)
*『二人の少女』(1915年)(テート・ギャラリー)
*『ココ・シャネル嬢の肖像』(1923年)(オランジュリー美術館)
*『接吻』(1927頃)(マリー・ローランサン美術館)
*『花摘む少女』(1948年)(個人所蔵)

マリー・ローランサン美術館(長野県茅野市の蓼科湖畔にあるマリー・ローランサン美術館は、世界でも唯一のローランサン専門の美術館である。館長の高野将弘氏が収集した個人コレクションをもとに1983年に開館し、現在では収蔵点数は500点余りを数える。) http://greencab.co.jp/laurencin/index.html

三好達治 (広辞苑 第六版) みよし‐たつじ【三好達治】‥ヂ 昭和時代の詩人。大阪市生れ。陸士中退後、東大卒。「詩と詩論」の新詩運動に参加、のち堀辰雄らと「四季」を創刊。知性と感性の調和した抒情詩を完成。詩集「測量船」「南窗集なんそうしゅう」「一点鐘」、随筆集「路傍の秋」など。(1900~1964)

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ヒマラヤ【Himalaya】 (広辞苑 第六版)
(「雪の家」の意)パミール高原に続いて南東に走り、インド・チベット間に東西に連なる世界最高の大山脈。長さ約2550キロメートル、幅約220キロメートル、平均高度4800メートル。最高峰はエヴェレスト(8850メートル)。

「ヒナゲシ」と「ケシ」と「アツミゲシ」 (広辞苑 第六版)

ひな‐げし【雛罌粟】 ケシ科の一年草。西アジア原産。高さ60センチメートル、全株に粗毛を密生。葉は羽状に深裂。5月頃、皺しぼのある薄い4弁の花を開き、花色は紅・桃・白・絞りなど。花壇用。麻酔物質を含まない。美人草。漢名、虞美人草・麗春花。ポピー。〈[季]夏〉

け‐し【芥子・罌粟】 ケシ科の越年草。西アジア・東南ヨーロッパ原産。高さ約1メートル。葉は白粉を帯びる。5月頃、白・紅・紅紫・紫などの4弁花を開く。#果さくかは球形。未熟の果実の乳液から阿片・モルヒネを製する。このため一般の栽培は禁じられている。栽培の歴史はきわめて古く、中国へは7世紀頃に、日本には室町時代には伝わっていたといわれる。なお、広くはケシ属植物の総称。観賞用に栽培されるオニゲシ・ヒナゲシなどを含む。「罌粟の花」は〈[季]夏〉。〈伊京集〉

アツミゲシ(渥美罌粟、学名:Papaver setigerum)は、ケシ科ケシ属の一年生植物(越年草)。
和名の由来は1964年に我が国で初めて帰化が確認された場所が愛知県渥美半島の沿岸部だったから。
日本ではあへん法で栽培が原則禁止されている種に指定されており、野生化や厚生労働大臣の許可を得ていない栽培を発見したら、善良な市民と自認するのであれば警察に110番通報したほうがよい。なお保健所や警察においては学名の種小名に由来するセティゲルム種で呼ばれることが多い。

ヘクタール【hectare フランス】 (広辞苑 第六版) 面積の単位。1アールの100倍、すなわち1万平方メートル。約1.0083町。記号ha

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